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ナカノムラ

ナカノムラの手記

#39 市場規範と社会規範を知り、人間関係を円滑にする

人間関係 仕事 思考のヒント 生活

市場規範と社会規範とは

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あなたは、会社の取引先やそれほど仲の良くないオフィスメイトと接する場合と、友人などプライベートで親交のある人物と接する場合とでは、どのような違いがあるだろうか。社内外の希薄な人間関係はビジネス上の関係に過ぎないが、逆に、プライベートでの人間関係が社内に持ち込まれることも、友人を会社見学に招待したりしない限りはあり得無い。

どう捉えたり考えたりするかは別として、この両者間には、それぞれ異なる関係性であるという事実が存在する。この事実を元に、あなたが両者に対しどのように接するのかを考えて欲しい。

その答えが、市場規範と社会規範そのものだ。会社でしか会わないような人間関係においては、ビジネス、つまり金銭の授受が発生していたり、それに近いモデルとなる。となると、損得勘定を働かせる必要が生じる。

しかしプライベートでの関係性では、仲良くしてもらった代わりに1万円を支払うなどという行為は不自然だ。お金を渡された友人はさぞ混乱するだろう。なぜなら、金銭の授受とは無縁の関係性だからだ。

簡単に言えば、金銭の絡む関係性は市場規範に則った関係性で、その逆は社会規範に則った関係性である。この二つを意識することで、私は多くの人間関係を円滑に進めることが出来ると考えている。

 

二つの規範の共存

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基本的に、これら二つの規範は共存が不可能だ。金銭が絡んだ関係かどうかというハッキリとした定義が存在し、それにより分断されているからだ。しかし私はこの二つを巧みに使い分けたい。

まず共存の言葉の意味だが、共に存在している状態を指す。つまり、市場規範と社会規範が同時に存在している関係性とは、対象の人物に対し、金銭の授受が発生しており、金銭の授受が発生していない関係性である・・・・という、なんとも不思議な文章でしか説明が出来なくなってしまう。

勿論これはおかしい。日本語としては当然だが、感覚的におかしいことがすぐに分かる。だから私が言いたいのは、共存ではない。ちらっと書いたが、使い分けである。

使い分けをした場合の関係性を説明するとこうなる。対象の人物に対し、ときには金銭の授受が発生しており、ときには金銭の授受が発生していない関係である・・・・どうだろう、十分に有り得る関係性だろう。

もしあなたが、二つの規範は共存出来ない、ダウトだと思われていたのであれば、今回は使い分けのお話しであることを理解してもらいたい。

 

市場規範の中にふと現れる社会規範の価値

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では説明をする前に、冒頭で挙げた社内での関係性を具体化し、もっと分かり易くしてみようと思う。

あなたの勤める会社や組織に、それほど仲が良くない知り合い程度の人間が居たとする。というより、思い当たる人物は大抵一人くらいは居る。もしあなたが会社に属していないのであれば、取引相手でもいいだろう。とにかく、プライベートで仲良くなることは決して無いが、仕事をする上で関わる必要性のある人物を想像して欲しい。(仕事で関わる以上は仲良くする!という強者は、今すぐ記事を閉じてもよい)

そんな自分にとってはどっちでもいい人物に、急に親切にしてもらえたらどう思うだろうか?しかも、かなり困っていたときに。この人は親切な人だ、なんていい人なんだとあなたは思うだろう。その瞬間、あなたは彼、もしくは彼女に対し、社会規範の関係性を垣間見ることになる。

なぜなら、その親切には金銭の授受が発生していない上に、あなたが求めたりもしていない。勿論、親切にしてもらうための契約を交わした覚えもないからだ。

あなたはその後、ただ仕事で付き合いのあった人から、ちょっといい人に格上げされた微妙な変化を、自身の中で感じ取ることになるだろう。

だがもし全く同じ親切を、普段から社会規範に則った付き合いをしている友人から受けた場合はどうだろうか。当然、感謝する。がしかし、おそらく何もときめかない。なぜならば、いつもそのように優しくしてくれていたからだ。

このギャップが重要なのだ。日頃から市場規範に則った付き合いをしていた人物であればあるほど、要は、特に仲が良かった訳ではない間柄が長く続いていればいるほど、ふと現れる社会規範的行動に心を奪われてしまう。なんと単純なことだろうと思うだろうか。だが、このトリックに騙されている人は実に多い。

 

市場規範から社会規範へ格上げされたとき

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以上のように、市場規範の関係性の中に社会規範の関係性が垣間見えると人は心が動いてしまうことが分かった。そしてこの仕組みを巧みに利用している職業がある。それは、カウンセリング行為の発生する職業全てだ。

カウンセリングと言うと心理関係の職業を思い浮かべてしまうだろうが、カウンセリングとは、マンツーマンで話しを聞く行為全般を指す。だから、夜のお仕事をはじめ、医者、聖職者、アパレル、キャリアカウンセラーなど、その数は多岐に渡る。

ほとんどの人がお世話になったことがある医者を例えよう。医者はまず患者の話しを聞くことから始まる。もし医者が金儲けだけを考えているならば、順番待ちの患者を出来るだけ高速で処理していくことを考えるだろう。しかしそれでは、自分を求めてやってくる患者を集めることは出来ない。二つの規範を使い分けなくてはならない。

医者も聖職者も、お金が無いと生きていけないのは同じこと。だが我々のように、医者でも聖職者でも無い人間は、彼らのことを神格化しがちだ。ある大志のもと、その職業に就いたのだろうと、社会規範の元で高い意識を持って動いているのだろうと感じてしまう。

実際にはそうかも知れないし、そうでないかも知れない。変わらない事実は、彼らも人間であり、お金が必要で、そのために仕事をしているという事実だ。だから、その仕事で儲ける必要がある。つまり基本的には、市場規範で動くほか無いのである。

彼らは、患者や救済を求める人たちが、自分たちを社会規範の元で働いていると見がちであることを理解している。だからこそ診察の際には、心配しているような様子や、親身になっている様子を見せる。しかも近年ではSNSが発達しており、評判がワールドワイドに広がってしまう。更に付け加えるならば、小規模な個人医院は乱立状態だ。特に歯医者は、コンビニの数より多いと言われているほど拡大している。

このような状況では、患者、つまりお金を落とす側の消費者の求める、社会規範のイメージには絶対に沿わなくてはならない。でないと・・・・敢えて患者とはもう書かないが、客足が減ってしまう。

それに、しっかりその期待に応じることが出来ればリピート率が上がり、SNSやインターネットの口コミで高い評価をしてもらえる。乱立状態では病院自体がコモディティ化していることは言うまでもない。差を付けるためには、客の期待に答えるしか方法は無い。

人気の医者の評価は、大抵が「よく話しを聞いてくれる先生」である。私自身もその評価を見て予約をしたことがあるが、実際に本当によく話しを聞いてくれるし、終始わざとらしくない笑顔で、とても心地良かったのを覚えている。最初は特に期待などしていなかった。しかしその期待をいい意味で裏切られたのだ。病院なので、文字通りそのホスピタリティに心を打たれてしまった。

結局すぐに引っ越したのでその後お世話になることは無かったが、転居先にも同じような医者が居ればいいなと思ってしまった。そう、医者の巧みな社会規範への格上げテクニックにやられてしまったのだ。

 

無償の親切が社会規範の関係性の構築に一役を買う

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我々が普段の生活の中で利用出来る規範の例としては、先程挙げた、仕事上のなんでもない関係性の人物に対するアクションだろう。

少し嫌われてるのかも知れないとか、興味が無いのかも知れないと思しき人物に、一度社会規範に沿った行動や掛け合いを実施してみて欲しい。私の経験上だが、素直に反応してくれる人よりも、特に変わったリアクションが見られない人のほうが多い。

しかしそれで良い。確実に相手の心には響いている。響いていないと思っていても、その後の関係性で大きな前進が見られるのだ。

ひょっとしたら同じチームで働くようになるかも知れない相手だ。今のうちに心を掴んでおけば、社内で嫌われることは無くなり、誰もがあなたを頼らざるを得なくなるだろう。

 

 

おわり