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ナカノムラ

ナカノムラの手記

#29 損得勘定の正しい使い方

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損得勘定

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例えばあなたに初めて知り合った人が居たとする。以下の2つのパターンの場合、どちらと関係を持ちたいと思うだろうか。なお、どちらもあなたと同性だと仮定する。

 

A:会話が面白く一緒に居て飽きないが、周囲からの評判があまり良くない

B:会話にハリが無く話題にも乏しいが、ものすごくオシャレで人脈が広く金持ち

 

選択に対する考え方は後ほど記載する。テーマは損得感情、ではなく、損得勘定だ。自分にとっての損得を打算的に判断することを指す。今から起こそうとしている行動や既に起きたことに対して、自分にとって損か得かを考えることだ。

あなたは損得勘定を普段どの程度意識しているだろうか。損得勘定が働くとき、自分にとって利益か不利益かを考える。そして結果、利益になると考えた場合には行動し、不利益になると考えた場合には行動を見送る。

このときの利益の基準や定義は状況により様々であろうし、どう行動するかは人による。しかし、自分にとっての得は、他人にとっての損になることが世の中往々にしてある。

もう少し優しい言い方をすると、自分にとっての損得を判断するということは、他人の損得については考慮に入れませんよということになる。非常に自分勝手な考え方だ。自分は損したくないが、他人が損、もしくは何も得しないことについては一切触れないし関与しない。これを自分勝手と言わずなんと言うのか。

なので私はあまり損得勘定についてポジティブなイメージは無い。むしろ、人間の悪い部分を分かり易く示している考え方ではないかと感じている。

 

性悪説とは関係がない

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ここで、人間の性悪説についとの関連性を持ち出す人が少なからずいる。しかし、性悪説=悪を意味しているのではない。性悪説は人間の弱みを説いたものであり、損得勘定のような、人間の顕在的な行動を紐解く際の助けにはならない。

とはいえ、一般的に性善説性悪説は、陰と陽のように完全に対をなす考え方として定着している。それはそれで間違ってはいないが、それぞれの考え方はプロセスが違うだけで、実はどちらも人を良い方向に導きたいという目的が根底にある。

つまり、人はそもそも良い行動を取るものだとするのが性善説で、人はそもそも悪い行動を取るものだとするのが性悪説である。教育者がこのどちらの考え方を持っているかによって、教育の方針が随分と変わってくるのは理解出来ると思う。人を導く際の考え方を指すのがこの2つの説であり、それ以上でも以下でもない。

なので、人間の悪しき行動を指す際に、性悪説を持ち出すことは少し論点がズレてしまう。感情に従っていればどうしても道徳的な過ちを犯してしまうのが人間である、というのが性悪説なので、損得勘定=性悪説では説明がつかなくなる。なぜなら、損得勘定には打算が含まれており、人間本来が持つ不可抗力ではないからだ。

 

損得勘定の考え方

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先程も申したように、私は損得勘定をポジティブに捉えていない。打算で物事を考える必要は確かに存在する。だが、損得で全てを判断する人間に私は魅力を全く感じないし、羨ましくもない。私の周囲には居ない種類の人間だ。

がしかし、生活の中でどうしても勘定が必要なシーンは発生する。それはビジネスだ。ビジネスのシーンではむしろ損得勘定をしっかりわきまえて挑まないと、後々大変なことになる。

様々なハラスメントに敏感になって久しい昨今だが、取引先から受ける接待や贈り物などは、損得勘定をフル活用し、多種多様な利益計算をしなくてはならない。好意に甘えて取引量が増したしても、その情報が何らかのルートで漏れてしまえば、他の取引先からの不満を確実に買ってしまう。となると、結果目先の利益の追求により、会社の存続が危ぶまれてしまう。

長い目で見たときに利益が発生するかどうかを考えることが損得勘定の正しい姿であり、短期的な利益に用いるべきではない。この原則を理解しておかないと、人間生活において最も大事な信頼を失ってしまうことになる。ビジネスに限った話しではない。

 

人間関係における損得勘定

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ビジネスにおいても人間関係においても、信頼は切っても切れない要素だ。信頼無くして生活は成り立たない。もしあなたが「私は誰からも信頼されていない」と思うのであれば、それは間違っている。信頼がゼロの人間は人として生活することが出来なくなっているのが社会の仕組みだ。これについてはテーマが変わるため、また別の機会に。

さて、人間関係においての損得勘定について考えてみる。先程はビジネスにおける例を示した。これはビジネス以外のプライベートでの関係性でも同じように考えられる。プライベートではより一層、損得勘定が個人間でのやり取りに使われる。

誠に勝手ながら、最初に出題した問をここで繰り返す。あなたに初めて知り合った人が居たとする。以下の2つのパターンの場合、どちらと関係を持ちたいと思うだろうか。

 

A:会話が面白く一緒に居て飽きないが、周囲からの評判があまり良くない

B:会話にハリが無く話題にも乏しいが、ものすごくオシャレで人脈が広く金持ち

 

ちなみにどちらを選んでいたとしても構わない。どちらも選ばない人も居たかも知れない。重要なのは、あなたが選択した理由である。その理由が短期的なものであれば、あなたの人間関係における損得勘定の使い方が間違っていると断言しよう。ビジネスと同じで、短期的に考えてしまうことは数年先の破綻を意味する。であれば、短期的な選択を取った場合のリスクを回避するために、長期的な選択を取るべきだと言いかえることが出来る。

 

損得勘定は長期的な目線で扱う

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長期的な目線で損得を勘案することが出来れば、最終的に自分にとって利益率が高い結果が返ってきやすくなる。私が損得勘定を好まない理由は、短期的な目線で考えてしまう人が非常に多いからだ。

少し嫌な感じだと思う人が居たとしても、その人の本当の姿を見つめる努力をして欲しい。人の9割は見た目であると言うし、経験則でそう思う人も多いだろうし、実際に科学的にも証明されている事実が、見た目による短期的な判断だ。ほんの数秒の印象で、いい感じか嫌な感じかを判断するよう進化したのが人間だ。だが本当にそれで良いのだろうか。

科学的に証明されていることが道徳的に正しいとは限らないし、進化の結果が我々の生きている時代に適したものとも限らない。そもそも進化は後発だ。未来を予見して進化することはあり得ない。環境が先に来て、適応するために進化を果たす。であれば、今がその進化のときとも言えなくはない。

短期的に計算するのではなく、10年20年を見据えた長期的な目線で損得勘定は扱って欲しい。でなければ、後々後悔したり怪我をするのは、他でもないあなた自身となる。

 

 

おわり