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ナカノムラ

ナカノムラの手記

#33 現実逃避

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苦しむ?

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現実逃避を好む人は少なくない。ストレスの多い現代社会では現実から逃れるために何かに浸る人はいくらでも居る。大人になると現実が過酷であることを理解するようになり、お金が無ければ死ぬことを理解する。お金を稼ぐための手段そのものにストレスを感じるならば、そこから逃れるための逃避行動を取ることはなんら不思議ではない。

私は現実逃避をする必要の無い人生が理想だ。現実に強い不満を抱くことは精神衛生上よろしくない。現実を生きることは、多くの人にとって社会で生きることと同義である。社会での行動規範を自分で考え自分で動くことで、幾分かは現実の束縛から解放される。

しかしそれでもやはり限界はあるだろう。むしろ、逃避の無い人生なんて人間らしくないかもしれない。人間にも動物にも、恐怖を感じる受容体は脳に存在する。恐怖は死を示唆する。死は生存競争において最大の敗北である。であれば、恐怖から逃れるための逃避、現実から逃避することは本能であると言い換えても良い。

そしてここからが本題。あなたにとって現実逃避と趣味は同様の存在だろうか。現実逃避はその名の通り現実からの逃避である。それゆえ、苦しみを伴う行為ではない。しかし趣味というものは、ある一定のラインを超えると世界が変わる。もはや人生そのものに昇華することがある。そうなると、人生に苦しみがあるように、趣味の世界にも苦しみの芽が出てくる。だから、趣味に対する現実逃避も存在するのだ。

 

趣味に対する現実逃避

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よく趣味が無いと悩む人が居るが、私は中学生の頃から音楽好きが止まらない。もう立派な成人男性であるが、音楽への興味とときめきは何も変わっていない。具体的にじゃあどれくらい音楽が好きでいるのかは控えさせていただく。年齢がバレるからだ。

このように、人生を構成するほど長年親しんできた趣味を持つ人は意外と少ない。趣味が無いと自覚するあなたに分かり易く伝えておくと、趣味のジャンルにもよるが、長く携わっていると楽しくなくなるときがある。しかもそれが、何かを生み出す趣味の場合は尚更だ。

絵を描くことが趣味だとしよう。しかも小さい頃からだ。画家や漫画家などなんでもいいが、絵を描くこと自体を仕事にしたいと思っていたとする。その後に何作かの作品を世に送り出すことには成功したが、それだけで生計を立てるなどまず不可能だった。そして社会人になるが、夢は捨てきれずに、残業がありながらも出来るだけ時間を作り絵を描き続けていく。

この例の場合、趣味といえば確かに趣味だ。自分のことを紹介する際に、趣味は絵を描くことと言っていい。しかも作品を出したことがあると言えるので、非常にキャッチーだ。だが、本人にとっては趣味として扱えるものではなくなっているのも事実。生みの苦しみという言葉があるように、作品の製作は苦しみを伴う。苦しいなら辞めればいいのだが、そうはいかない。これまでの人生で費やした時間や知識を、そう簡単に捨てることは普通出来ない。だからこの場合、自らの趣味で自らを苦しめていることになる。

 

社会からの逃避だけではない現実逃避

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社会のストレスから逃れることだけが現実逃避ではない。趣味にも苦しみが伴うのであれば、趣味に対する逃避も必要になる。現実逃避の元となるストレス源は多岐に渡るのだ。仕事で疲れたから現実逃避するのではない。何かに対し苦しいと感じるから、現実逃避をするのである。

 

 

 

おわり